やる夫的ネット私事録

ネットの出来事(ニュース含む)について、やる夫達が、雑談しますお

相双地区から考える、危機的情報氾濫の考察


「科学への盲信」から脱し自立し始めた被災地 最終判断は個人の価値観で~ロンドンから赴任した内科医は見た:JBpress(日本ビジネスプレス) より

越智 小枝 内科医

『本当のところ』福島の放射線ってどうなの?っと聞かれるらしい。

(一部抜粋)

確かに世に出ている情報が偏っている、あるいは物事の多面性が無視されている、と感じることは多々あります。しかし実際に暮らしていて、情報が積極的に隠されている、あるいは偽の報道がなされている、という印象はありません。

科学的知識と情報さえあれば問題を解決できる、という思い込みがあるのではないか、それが1年間相双地区での議論をみてきた、私の考えです。

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(一部抜粋)

『(略)放射線に関連する議論が、単なる過去の論文の持ち寄りに終始する場合も少なくありません。現地に入る研究者たちにも非常な徒労感を与えているのもこの「論文合戦」です。』
「現地のデータをいくら説明しても、『でも、XXX年にXXXで出されたXXXの学説では・・・』というやたら細かい話になる。そのデータと我々のデータは背景が違う、などと説明すると、すぐ『都合の悪いデータを隠している』と言われたり、『そんな知識もないのに専門家を気取るな』と言われたりするし・・・」

 住民の説明にあたっているスタッフのお話しです。住民に安心を与えたい。そう考えて現地に入った研究者も、このいたちごっこのような議論に疲れてしまっているのです。

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(一部抜粋)

情報が氾濫する1億総批評家の時代に、コミュニケーション能力を鍛えさえすれば自分の意見が伝わる、と考えるのはあまりに奢った考え方です。どんなに努力したところで、世の中には自分とは別の意見を持った有能な論客がごまんといるからです。

福島の住民の方々は、むしろそのような「論客」から数値や理屈ばかりを聞かされることに辟易しています。

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(一部抜粋)

「分からない」
「情報が足りない」

 そのような発言の裏で、情報に飽食した人々本当に必要としているもの。それは、不完全な情報や理屈から生きた思考を編み出すための、「分からない」のレシピなのではないでしょうか。

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オリンピックなんてやる場合じゃないと思うんですがね…